ビタミンB1
ビタミン B₁(チアミン):臨床的意義、生理学的役割、および臨床症状
1. はじめに
チアミン(ビタミン B₁)は水溶性微量栄養素であり、細胞エネルギー代謝と神経機能において重要な役割を果たします。炭水化物の酸化に関与する複数の主要酵素の必須補因子として機能するため、その欠乏は軽度の認知機能障害から生命を脅かす臓器不全まで、幅広い臨床症候群を引き起こします。本レビューでは、チアミン作用の生化学的メカニズムに関する最新エビデンスを統合し、欠乏に伴う代表的な症状を明示するとともに、予防と管理に関する実践的考慮点を強調します。
2. 生化学的基盤
| 酵素複合体 | 触媒される反応 | チアミン(TPPとして) |
|---|---|---|
| ピルビン酸脱水素酵素複合体 | ピルビン酸 → アセチル‑CoA | 解糖系産物をクエン酸回路に導入する。 |
| α‑ケトグルタル酸脱水素酵素 | α‑KG + CoA → スクシニル‑CoA | クレブス回路の流れとNADH生成を維持する。 |
| トランスケトラーゼ(PPP) | リボース-5-リン酸 ↔ キソリノール-5-リン酸 | 核酸合成用リボース-5-リン酸および還元生物合成用NADPHを生成する。 |
TPP(チアミンピロホスフェート)は、糖からエネルギー豊富な炭素原子を解放する脱炭酸反応に必要です。TPPが不足するとこれらのステップが停止し、特に中枢神経系、心筋、骨格筋など高代謝需要を持つ組織でエネルギー欠乏が生じます。
3. 生理機能
- エネルギー産生
- チアミン欠乏は解糖系とクレブス回路の連結を障害し、ATP生成を低下させる。
- 神経伝達と神経整合性
- 適切なTPPはアセチルコリンおよびグルタミン酸の合成に不可欠であり、不足するとシナプス伝達が乱れる。
- 還元状態の恒常性
- トランスケトラーゼ活性を通じて、チアミンはNADPHレベルを維持し、細胞を酸化ストレスから保護する。
- 心血管調節
- 心筋エネルギー代謝を支えることで、チアミンは心収縮力とリズムをサポートする。
4. チアミン欠乏の臨床症状
| システム領域 | 症状 | 病態生理学的基盤 |
|---|---|---|
| 神経系 | ウェルニッケ脳症: 眼球運動障害、共濟失調、混乱; 乾性ビリベルギー: 周囲神経障害、筋力低下。 | 神経細胞のエネルギー不足により脳幹核(例:乳頭体)や背柱が選択的に脆弱になる。 |
| 心臓 | 湿性ビリベルギー: 速心拍、浮腫、心不全; 拡張型心筋症。 | 心筋細胞は収縮に必要なATPを欠き、代償的高交感神経状態が心筋の酸素需要を増大させる。 |
| 消化管 | 食欲不振、吐き気、腹痛、便秘。 | 上皮細胞のエネルギー低下により運動機能と粘膜完整性が損なわれる。 |
| 筋骨格系 | 筋痙攣、筋痛、運動不耐症。 | 骨格筋繊維はATP枯渇し、収縮障害と疲労を引き起こす。 |
| 精神科 | 抑うつ、不機嫌、認知低下。 | 神経伝達物質合成の欠損と酸化的損傷が皮質回路に影響する。 |
5. 欠乏リスク要因
- 食事不足:強化食品の摂取量が少ない、または精米米(アジア料理で一般的)を消費している場合。
- アルコール依存症:吸収障害、肝臓代謝障害、および排泄増加。
- 重篤な疾患・手術:代謝需要がビタミンB1貯蔵を上回り、経腸栄養が不十分になる場合。
- 妊娠・授乳:生理学的要件の増加。
- 腎代替療法:透析により血中ビタミンB1が除去される。
6. 診断上の考慮事項
- 臨床疑い
- 高リスク患者で典型的な三項症(眼球運動障害、共濟失調、混乱)または心臓・神経学的所見を評価する。
- 検査
- 血漿ビタミンB1濃度(正常値:70–140 nmol/L)。
- 赤血球トランスケトラーゼ活性(RBTK)をTPP刺激あり・なしで測定し、>20%増加が欠乏を示唆。
- 尿中ビタミンB1排泄は特定の状況で有用。
- 画像診断
- MRIで内側側頭葉、乳頭体、または脳幹周囲灰白質に高信号病変が認められることがある—ウェルニッケ脳症の特徴。
7. 治療戦略
| 介入 | 投与量・経路 | 根拠 |
|---|---|---|
| 経皮ビタミンB1 | 100 mg IV/IM q6h 3–5日(急性)→その後は毎日50 mg | 細胞内貯蔵を迅速に補充し、吸収障害を回避。 |
| 経口サプリメント | 慢性欠乏時は30–60 mg/日 | 急性期が解消した後の長期維持。 |
| 補助的措置 | 十分なカロリー摂取、グルコース管理、葉酸・B12補給 | 同時に起こる微量栄養素欠乏を修正し、逆行性悪化を防止。 |
モニタリング
- 48–72 h後に再度RBTKまたは血漿チアミンを測定し、反応を評価する。
- 神経精神症状および心臓症状の解消について臨床的再評価を行う。
8. 脆弱集団における予防
- 公衆衛生対策
- 主食(例:米、小麦粉)へのチアミン類似体(ピロリン酸チアミン)の強化。
- 臨床プロトコル
- アルコール依存症または栄養失調の患者に対し、グルコース負荷前に定期的にチアミンを投与する。
- 教育
- 全粒穀物、豆類、ナッツ、および臓器肉が豊富なバランスの取れた食事について患者へ指導する。
9. 結論
チアミンはエネルギー代謝、神経組織の健全性、および心血管機能に不可欠である。欠乏は多臓器系にわたり発症し、認識されなければ急速に進行して不可逆的損傷をもたらす可能性が高い。医師はリスクのある集団に対して高度な疑念指数を維持し、迅速な診断検査を実施し、早期補充療法を開始することで罹患率と死亡率を軽減できる。最適投与量および予防戦略に関する継続的研究は、この重要なミクロ栄養素のケアをさらに洗練させるだろう。